2010年04月25日

女学生の卒業式用の貸衣装からのレンタル袴姿

かつての卒業式と袴の貸衣装のレンタルと振袖購入

 何十年も前の大学・短期大学などの卒業式における女子大生の服装といえば、貸衣装屋からのレンタル姿ではなく、ほとんどの女学生が振袖姿でした。若い女性にとって振袖の着物は、成人式で初めて着て、次に大学などの卒業式、そして社会人となってからは友人の結婚式など、一生のうちに何度か着る機会があります。このため、現在の主流となった貸衣装のレンタルで済ますだけではなく、振袖の着物を購入する人もかなりいたのも実情でした。

最近の卒業式と袴のレンタルの着付け

 しかし、最近になってからは、大学・短大などの卒業式では、ほとんどの女子学生は貸衣装屋さんからレンタルした袴はかま姿で出席しています。この姿は、袴に草履ばきの人もいれば、少し短めの袴姿でブーツを穿いた大正ロマンのハイカラさんを思わせるレンタルの袴姿など、貸衣装の袴を着付けるスタイルも様々です。卒業式用として女子大生が穿く貸衣装がレンタルしている袴は、馬乗袴ではなく、女性専用の行灯袴となっています。また、袴に合わせて上に着る振袖は、中振袖やニ尺振袖など個人の好みによって合わせています。こうした卒業式に着る貸衣装のレンタルの袴は、大学時代の最後のお洒落ということもあって、1年ほど前から袴の貸衣装のレンタルショップで品定めをする女子大生もたくさんいます。また、男性の場合も貸衣装のレンタルの袴姿で卒業式に出席する学生は少ないのですが見ることができます。この場合は、女性用とは異なり、紋付と男袴である馬乗袴を貸衣装屋からレンタルすることになります。

袴を着る機会と貸衣装屋からのレンタル

 現在の卒業式の女子学生の服装は、貸衣装屋からレンタルした袴姿が主流になっています。というのも、袴というものは、大学等の卒業式以外で着用する機会はないため、ほとんどの女子学生が貸衣装のレンタルですましているからです。仮に、卒業後、学校の教師になった場合には、毎年、教え子の卒業式に列席するために袴を着る機会もありますが、それ以外の多くの女性にとっては大学等の卒業式以外には袴を着る機会がないからです。

卒業式の袴は貸衣装屋からのレンタルが主流

 女子学生にとって卒業式用の袴は貸衣装屋からのレンタルが主流になっており、早い人では1年ほど前から貸衣装からレンタルする好みの袴を予約しています。袴のレンタルでの貸し出しは着物屋さんや貸衣装店が希望によって着付けやヘヤーアレンジ、メイクを含めて行っています。一部の袴の貸衣装のレンタルショップによっては、卒業記念の写真を当日と同じレンタルの袴姿で前撮りを格安で行ってくれるところもあり、女子大生にとって何かと準備で忙しい卒業式の当日がゆっくりとできるので貸衣装のレンタルは人気なようです。

卒業式の貸衣装のレンタルの袴とブーツ

 卒業式は3月に行われる大学がほとんどですが、この時期ではまだまだ卒業式の会場となる体育館の中は冷え込む場合があります。こうした場合には、貸衣装のレンタルの袴に草履よりもブーツ姿といったスタイルの方が足元からの寒さをしのぐことができます。また、卒業式の当日が万が一、雨天だった場合にも、草履に足袋だと濡れて寒さが身にしみますが、ブーツだと雨もしのぐことができるので、卒業式の袴を貸衣装屋からレンタルするのであれば、併せて大正ロマン風にブーツもレンタルで借りるのがお勧めだといえます。

デジカメによる卒業記念写真

 卒業記念として撮影する貸衣装のレンタルの袴姿の記念写真も、かつてはプロ用のスチールカメラで数カットしか撮影されませんでした。このため、後日できあがってきた記念写真を見て、がっかりとした人も多いものでした。しかし、最近では、写真スタジオの卒業記念の写真撮影の機材としても一眼レフのデジカメが使用されることが増えてきたため、数多くの貸衣装の袴姿のカットを撮ってもらうことができ、その中から自分で一番可愛い袴姿を選ぶことができるスタジオが多くなってきました。

貸衣装屋から袴のレンタルと卒業式の準備と持ち物

 大学の卒業式用に着る貸衣装屋からレンタルしたし、後は、当日、袴の着付けに行って、髪型を整えてもらったら完璧かな。そう思っていても、卒業式の当日はあわただしいので、特に、女の子はいろいろと準備しておく必要があります。

卒業式の貸衣装のレンタル袴の着付けに必要なもの


 卒業式用の袴をレンタルするときには、貸衣装屋さんでレンタルできるものと、持参しなければならないものを事前しっかりとチェックしておきましょう。通常、袴の着付けには、次のようなものが必要になります。これらについても、貸衣装屋によっては、レンタルすることも可能なお店もあります。(着物・長襦袢※要半衿・卒業袴・半巾帯・重ね襟・草履orブーツ・巾着orバック・髪飾り・衿芯・腰ひも3本・伊達締め2本・肌襦袢・裾よけ・足袋※ブーツの場合は不要・補正用タオル5枚)

レンタル袴以外の卒業式に必要な小物の準備


・謝恩会用衣装(パンスト・パンプスも)
・デジカメ(充電を忘れずに)
・ケータイ充電器(電池切れにならないように)
・使い捨てカイロ(卒業式は寒い日が多い)
・メイク道具(卒業式の涙の後に)
・ヘアピン(せっかくのセットが崩れてきた時に)
・小さな手鏡(巾着には大きなものは入りません)
・小さなハサミ(プリクラを撮るなら必需品)
・草履なら足袋の予備(雨が降ったら大変)
・マニキュアを塗っておく(当日は朝から忙しいので焦ります)
・番傘(雨の日に大正ロマンの袴スタイルで決めるのなら)
・ハンカチとティッシュ
・バンドエイド(慣れない草履やブーツで靴擦れになる可能性大)
・筆記用具(必要なケースがあります)

卒業式当日の袴での失敗


・袴を貸衣装屋にレンタルするのが遅くなってしまい、可愛い袴がすでになくなっていた。(何事も早めに準備をしましょう)
・背の低い私は、貸衣装のレンタルの袴に埋もれているような感じだった。(少し高めのヒールのブーツを履きましょう)
・卒業式の当日があいにくの雨で、草履に足袋姿の私は、式の間、足が冷たく寒くてずっと震えていました。(予備の足袋と使い捨てカイロを準備しましょう)
・貸衣装のレンタルの袴で大正ロマン風に完璧に決めていたのに、卒業式が雨で、傘がブランド物の派手なものしかなくて似合わなかった。(番傘を準備しておけば万全です)
・大学に向かうとき、駅の階段で何度も貸衣装のレンタルの袴のすそを踏みつけて転びそうになった。(荷物は片手で持って、もう一方の手で袴をつまみ上げましょう)
・貸衣装のレンタルの袴から洋服に着替えて謝恩会に行ったけど、髪型を直すのに苦労した。(洋装にも合うような髪型にしておきましょう)
・卒業式後の謝恩会で飲みすぎて記憶がなくなった。(卒業式当日は、朝早くから夜遅くまで忙しいものです。前日の十分な睡眠と飲みすぎに注意しましょう)

卒業式で貸衣装屋からレンタルする男袴と女袴の違い

女袴の貸衣装のレンタル

 女性がはかまを穿く習慣としては、古来の平安時代の階級の高い女性たちの間で着用されていましたが、鎌倉時代には袴を穿く習慣は衰退してしまい、喪中以外では、袴姿を見ることはできなくなりました。その後、明治時代になると、女学校の開校と共に女性の袴姿は普通に見られるものになりました。当初は、女学校に通う女性たちは着物を着用していたのですが、着物のすその乱れが気になっていました。そのような時期に袴が登場し、すその乱れを気にしなくてもよいことで一気に広まりました。袴は当初、当時の女学校の教官が着用していたものです。この当時、明治から大正にかけて女学校に通う女性とはいえば、裕福で限られた階層の女性でした。女性の袴姿は、大正ロマンの象徴として、流行の先端であるハイカラさんのイメージで捉えられています。

卒業式における女袴の貸衣装のレンタル

 現在、大学や短大の卒業式では、女学生は袴を貸衣装屋レンタルするのが主流になっていますが、ほんの何十年前までは、卒業式の女性の服装といえば、艶やかな振袖が主流でした。この女袴は、明治18年に華族女学校の校長であった下田歌子氏が考案したもので、喪中の未婚者の色である濃い色から海老茶色を袴に採用しました。袴姿でも有名な宝塚歌劇団が創設されたのもこうした大正時代で、黒紋付きに緑の袴が正装で、現在でも卒業式はもちろんのことセレモニーの際には全員が袴姿で装います。

男袴の貸衣装のレンタル

 最近では男女を問わず貸衣装のレンタルでよくはかれている袴ですが、元々、袴はかまは、我が国において古来から伝わる伝統的な服装の一つです。現代においても、こうした伝統的な袴の文化は受けつがれており、男性の紋付羽織袴姿は今なお正装であり、結婚式や成人式、卒業式などの晴れの舞台で着用されています。この男性の正装用で着用されている袴は馬乗袴という形式のものです。馬乗袴は、元々馬に乗りやすいように仕立てられた男袴で、襠と相引を高く仕立ててあり、現在のズボンやキュロットスカートのように2つに分かれている形となっている袴です。男袴は、既婚・未婚・慶弔など状態や環境に関わらず着用することができ、紋付羽織と合わせると正装礼装となります。馬乗袴は、裾下より30cmぐらいがズボン状になっている襠高袴と呼ばれることもあります。男袴は、一見、卒業式などで女性が貸衣装のレンタルで穿く女袴と外見は似ていますが、まったく仕立てが違う別の袴です。女袴は現在のスカート風であり、男袴は現在のズボン風となっています。

2010年04月26日

卒業式で女子学生がレンタルする行灯袴とは

行灯袴(あんどんはかま)の始まり

 として残っている種類の一つに行灯袴があります。卒業式で女子学生がレンタルして穿いている袴は、この行灯袴です。行灯袴は、男袴である馬乗袴と形状は異なっており、袴が筒状の輪になった襠と股のない袴のことで、現代女性のロングスカートのような形の袴のことです。行灯袴は、かつて江戸時代において、馬に乗ることのできない下級武士や足軽が用いた袴です。袴の形が行燈のようにはかまが筒状になっていることからこの名前が付いています。行灯袴は、明治時代以後、日本人の服装が洋服に変わるまでの長い間、男女を問わず学生や書生などにも着用された袴です。現代になってからは、女子が用いる袴がすべてこの行燈袴であることから女袴とも呼ばれています。

大学や短期大学の卒業式の行灯袴レンタル

 袴というものがそれまでは武士だけしか穿くことができない服装でしたが、それが幅広く広まって町人の間でも穿かれることの多くなった江戸時代後期に発案された袴です。当時は、行灯袴は略式の服装とされていましたが、現在では男性用の馬乗袴と同じく、女性用の礼装に用いられる袴となっています。現在の大学や短期大学の卒業式などで振袖と併せて女学生が着用している袴は、この行灯袴の形となっています。しかも、最近の卒業式では、行灯袴に足袋・草履姿ではなく、やや短めの袴にブーツを合わる女学生を多く見かけるようになりました。これは、ノスタルジックな大正ロマン時代の女学生をイメージして袴を穿いているようです。現在の大学、短大、専門学校の卒業式においては、かつての主流だった振袖の着物姿よりも、むしろレンタルの袴姿の女子学生がほとんどをです。女子学生が多い卒業式では、華やかさの中にも凛とした袴姿が目立ち、大正時代にタイムスリップしたような気分になります。

伝統的習慣の七五三と着袴の儀

レンタルした袴で七五三のお宮参り

 日本においては、現在も続く伝統的習慣として、11月に子どもの健やかな成長を願って神社に七五三お宮参りをする風習があります。七五三では、レンタルしたり、購入したりした晴れ着姿の女の子や羽織やスーツをまとった男の子たちでにぎやかです。この七五三の歴史は古く、現在で11月のは15日を式日としていますが、これは室町時代において武家の間で定まった日取りです。現代になってからは、実際には、15日に限ることなく、11月の晴れわたった日や両親の体調や予定などに合わせて神社にお参りに出かける人が多くなっています。

七五三の袴の歴史

 現在の七五三の元になった行事としては、平安時代の公家社会の風習にあったといわれています。その起源にはいくつかの説がありますが、一つの行事ではなく、「髪置き」「深曽木」「着袴」「帯解き」といった行事が合わさって、現在の行事につながったと言われています。着袴とはその年に生まれてきた子どもが初めて袴を着ける儀式で、公家の中では平安時代の中期には着袴の儀式が行われていたようです。当時では、着袴の儀で袴を着る子供の年齢は3歳から8歳と一定していなかったのですが、後になってから5歳から7歳ごろに定まっていきました。平安時代の着袴の儀式の席では、介添えの者が子どもの前に袴をしいておき、親が子どもを抱えて両足を一度に袴の中に入れて、袴の腰を結びます。次に、二人の大人が子どもに装束を着付ける形になっていました。着袴の儀では、男児には父親が、女児には母親が中心となって袴の装束を着付けました。このような平安時代の上流階級の服装としては、男女ともに袴が中心でした。現代まで続いている七五三の源ともいえる着袴の儀は、幼児から少年・少女へという人生の初めての節目を表す儀式だったといえます。子どもを思う親の気持ちは、昔も今も変わらないといえます。

仕舞袴と卒業式用にレンタルする袴との違い

卒業式用の貸衣装の袴と仕舞袴(しまいはかま)

 大学などの卒業式で女子学生が貸衣装屋からレンタルして穿くに似た袴に、仕舞袴というものがあります。仕舞袴は、パッと見たところは卒業式にレンタルして着る袴と同じように見えますが、実は、主に能狂言において使用されている特殊な形をした袴のことです。仕舞袴は、仕舞や舞囃子などを舞う時に使われる袴のことです。この仕舞袴のつくりとしては、袴の中でも最も一般的な形である男袴の馬乗袴の形が原型になっていますが、袴の襠が低く仕立てられており、さらには、袴の中仕切りを高くすることによって舞のときでもとても動きやすい袴になっています。また、袴の布の合せにも特別な仕立て方法が用いられ、仕舞袴の一番の特徴は、一の襞と二の襞の間が綴じられていることで、立ったときに袴に皺ができないように工夫され、袴の腰板が桐などの木製となっています。

仕舞袴の仕立て

 囃子方、後見、地謡などは、演能の本番の際に、紋付に仕舞袴を穿くことが多く、裃を着用する場合にも袴の部分は仕舞袴の仕立てとなっています。仕舞袴の仕様としては、各流儀を通じて仕立て方に大きな違いはありませんが、唯一、観世流梅若家系統だけは、仕舞袴の襞を縫い合わせない袴を使用しています。一般の馬乗袴や日本舞踊で用いられる舞袴を仕舞袴と呼ぶことがありますが、ただ単にそう呼ばれているだけで、いずれも能楽の仕舞袴とは別の袴です。また、この仕舞袴は、卒業式で女学生が穿くレンタルの袴とは全く別物の袴です。

差袴・巫女袴と卒業式用にレンタルする袴との違い

卒業式用の貸衣装の袴と差袴(さしこ)巫女袴(みこはかま)

 にはいくつかの種類があり、女子学生が大学の卒業式などで貸衣装屋からレンタルして穿く袴に似た袴の一つとして、差袴(さしこ)や巫女袴(みこはかま) と呼ばれている袴があります。差袴とは、神社に仕える神職が穿く袴のことをいい、前後の腰部分に芯紙が入りますが、腰板はありません。また、この差袴は、卒業式で女学生が穿くレンタルの袴とは構造が大きく異なっており、袴には上指糸の飾りがあり、平安時代に始まった指貫の裾を短くした切った切袴となっています。

男性用の袴と女性用の袴

 男性神職の場合には、普通の男袴と同じく、股のある馬乗袴を穿きます。しかし、巫女の場合はトイレの関係から行灯袴を着用しています。こうした袴を着るときには、人の腰骨に掛ける高さに合わせて、袴の前で紐を蝶結びとします。差袴の構造は、前後四つの襞で構成され、股になる部分から内側の襞が直接股の部分へ続く構造となっています。これは馬乗袴の形式の巫女袴も同じ構造です。差袴の帯は装束を着用する際に邪魔になるので蝶結び部分を袴の帯に入れ込みます。差袴は男性が着用するため、股の部分が一部縫い止められておらず、スリット上の穴が開いているのが特徴です。

袴の色の違い

 神職には、階位の他に等級というものがあります。差袴の色は、この級の位によって違っており、階位とはまた別の区分となります。神職の学校で取得できる最高階位の正階でも、当初は3・4級の浅葱から始まります。差袴の色と等級は次のようになっています。・特級:紋付白(紋が一回り大きい)・1級:紋付紫(紋の文様がはっきりしている)・2級上:紋付紫(紋の色がほぼ同色系統)・2級:無地紫・3・4級:浅葱 しかし、特に清浄を必要とする祭では、身分にかかわらず無紋の白狩衣・無紋の白差袴・烏帽子の浄衣を着用します。

平袴と卒業式用にレンタルする袴との違い

卒業式のレンタル袴と平袴(ひらはかま)

 卒業式で女子学生が貸衣装屋からレンタルして穿くと平袴は似たような形をしています。平袴とは、男子袴の一種です。日本において古くには、肩衣と袴は離れているものではなく、つながってできていました。それが江戸時代の享保年間(1716~1736)くらいになると肩衣と袴を別のものとして作る上下の和装となり、袴はそのまま独立した服装となりました。この当時の肩衣から独立した袴を平袴と呼び、その長さは足のくるぶしまであるものでした。この平袴も、現在、女子大生が卒業式でレンタルで穿いている女袴とは、一見似ているように見えますが、形状も長さも全く異なる袴です。

平袴の変遷

 こうして誕生した平袴は、その後、江戸時代の中期にもなると、裾の長い小袖を着用しやすいように、袴の襠の位置が低いものへと変化していきました。当時の武士は、平袴のことを町人仕立ての袴と蔑んで着用しませんでした。しかし、天明年間(1781~1789)の頃になると、平袴の便利さが受け入れられることになり、武家の間にも日常の服装として広がることになるなど、武士や町人など幅広い階層に受け入れられて流行していきました。平袴の形状としては、小袴の括緒のない一種であり、袴のまちが低くて、かつ、襞の少ない、幅の狭い袴として作られています。また、袴の相引の位置も同じように低くなっているのが大きな特徴です。平袴は、座ったり歩いたりと日常の基本的な動きがしやすいため、江戸時代に最も普及した普段着でした。平袴で使われている生地も仙台平、紬、絽、木綿と多種多様にわっており、平袴は最も一般的な袴でした。この平袴のうち、まちが高くなったものを馬乗袴といいいます。その後、江戸時代に平袴が着用されるようになってから、だんだんとまちの低い平袴はすたれてしまい、馬乗袴だけが残るようになりました。この馬乗袴は現代においても引き継がれている袴の一つです。

捻襠袴と卒業式用にレンタルする袴との違い

卒業式用のレンタル袴と捻襠袴(ねじまちはかま)

 貸衣装屋から卒業式用としてレンタルして穿くに似た袴の種類として、捻襠袴というものがあります。捻襠袴は、馬乗袴の一種ですが、仕立て方に若干の違いがあります。即ち、袴のタックをとって仕立てる馬乗り袴に対して、捻襠袴はギャザーを寄せて仕立てます。また、捻襠袴には、その腰ひもに特徴があり、通常の袴は後ろ紐と前紐がありますが、捻襠袴では左脇の部分が輪になって後ろ紐と前紐がつながっています。こうしたことから、捻襠袴は、十二単衣などの宮中袴に似たものだともいえますが、宮中袴と違うのは袴の襞が裾までいかないことと、袴の帯の結び目が右横にくるのが特徴といえます。

女性神職と捻襠袴

 捻襠袴は、装束用語において女性の神職が穿く袴のことをいいます。女性神主の通常の4つの襞でできているのが特徴といえます。男性の神職と同じく、捻襠袴の色は上の級から紋付白、紋付紫、紫、浅葱の順になります。白無地の捻襠袴は、学生、助勤神職、実習生が履いています。緋袴か濃い色の袴でない女性は巫女さんではありません。また、女性神職は、男性神職と同じ差袴を穿くことはあっても、女袴といわれている行灯袴を穿くことはありません。行灯袴はトイレを考慮した女性専用の袴ともいえるものなので、女性にとってはとても便利な袴なのです。しかし、女性神職の職務の大半が神前奉仕なので、トイレの便宜よりも足裁きの便宜を優先するからです。なお、捻襠袴も、大学の卒業式で女学生のレンタルの袴と同じ「袴」という名前が付いて、あまり袴に詳しくない人にとっては見た目もあまり違わないように見えるかもしれませんが、先に特徴を述べてきたように全く別物の袴です。

緋袴と卒業式用に貸衣装屋からレンタルする袴との違い

卒業式用のレンタル袴と緋袴(ひのはかま)

 大学などの卒業式用貸衣装屋からレンタルして借りるに似た袴の一つとして、緋袴というものがあります。緋袴(ひのはかま)は、平安時代における女性の十二単衣の装いに用いられた、小袖の上から着る深紅色など赤系統の色をした袴のことで、紅袴(くれないのはかま)とも呼ばれることがあります。緋袴は、普通の女袴よりも長いのが特徴です。袴の丈は四尺、袴の裾口の幅は三尺二寸もあり、右脇でひもを結んで着用します。この緋袴も、大学の卒業式などで女学生が穿いているレンタルの袴と行灯袴という点では共通点がありますが、よく比べてみると全く別の袴というのがよくわかると思います。

緋袴と神社の巫女

 緋袴は、平安時代の女官が着用していた打袴・張袴を原形とする捻襠袴が本来の形式であるといわれています。着用するに当たっては、袴本体を胸高あたりまで上げ、袴の紐を前後の腰を廻らせて右脇に片鉤で結び垂らすというものでした。その後、時が流れて明治時代になると、女子学生用の袴として襠がなくなり、簡単に着脱し易い女袴とも呼ばれている行灯袴が考案され、女性の間で大変好評となりました。こうした流行を受けて、その後、行灯型式の緋袴も作られるこになりました。また、緋袴は、平安時代には幼女、江戸時代には未婚の成人女性には紅ではなく、濃色の紫色の袴が使用され、現在においても、宮中の装束や一部の神社における巫女の装束に名残があります。現在になってからの緋袴は、女袴である行灯袴の形式が主流となっており、神社の巫女用の装束として使用されています。ほとんどの巫女の装束は、白衣の単衣の着物に緋袴を合せています。緋袴としての個々の造作は浴衣によく似ていますが、袖の付け根が開いているので、浴衣のように袖の中に物を入れておくことはできません。ちなみに、巫女になるためには、どこの神社においても外見的には、基本的に黒髪でピアスなどもノーアクセリーが基本となっており、ネイルアートも禁止されていますので、応募するには注意が必要です。

2010年04月27日

舞袴と卒業式用に貸衣装屋からレンタルする袴との違い

卒業式用のレンタル袴と舞袴(まいはかま)

 卒業式の時に貸衣装屋から女性がレンタルして穿くに似た袴に、舞袴があります。舞袴とは、200を超える流派があるといわれている民謡や日本舞踊、剣舞、浪曲等の踊りの際に使用されている袴であり、踊り袴とも呼ばれています。舞袴は、能狂言の仕舞、舞囃子などを舞うときに使用されている仕舞袴よりも、男袴である馬乗袴に近い外見をしています。しかし、舞袴が馬乗袴の形が基本にはなっているとはいえ、特に踊りの立居の時に袴に皺や襞ができないような工夫がされています。舞袴は、踊りの際に動き易いように袴の脇開きが少し広い目に仕立ててあり、こうした点についても馬乗袴との違いです。なお、舞袴は見た目にもとても美しい袴ですが、大学の卒業式で女学生が穿いているレンタルの袴とは別の種類の袴となっています。

舞袴の種類と注意点

 舞袴はかなり種類が多くあり、無地の袴生地を始めとしながらも、四菱地に華紋袴、花菱袴、金襴ぼかし袴、縞袴など様々な彩りの袴があります。さらには、舞袴の生地の素材を一つとっても正絹からウール、合成繊維まで様々なものがあります。こうした中から、演目や個人の好みに応じて、ふさわしい舞袴を選ぶことになります。踊りのお稽古用にと舞袴の古着を購入する人もいますが、古着の購入の際には、茶袴ではなく舞袴・踊り袴を購入すべきだといえます。なぜなら、その性質上、茶袴は立ち座りが多いことから膝のあたりが擦れて傷んでいる袴が多いのに比べて、舞袴・踊り袴には傷みがほとんどなく質が高い袴が揃っているからです。なお、舞袴を着用する際には、男性は腰で、女性はウエストで紐を結ぶため、性別によって適応身長が異なることから、袴の購入時には合わせる位置に注意が必要です。

裁付袴と卒業式用に貸衣装屋からレンタルする袴との違いとは

卒業式用のレンタル袴と裁付袴(たっつけはかま)

 大学などの晴れの卒業式貸衣装屋さんからレンタルして穿く女性用のと同じく、袴と名の付いているものに、裁付袴というものがあります。裁付袴の始まりとしては、元々は地方の武士の狩猟用の衣服として使われていた袴が、木々に絡むことなく運動性能に優れていることに注目されたのが始まりです。しかも、裁付袴は、戦闘用の具足も付けやすかったこともあって軍装としても使用されるようになりました。この裁付袴は、一世を風靡した織田信長の馬揃えにも使用されたことはよく知られています。裁付袴は山袴の一種で、裁付袴の形状は、どちらかといえば馬乗袴に近い形の袴で、裾部分に紐がついており、これを結ぶことによって脛部分にぴったりさせるユニークな形の袴といえます。裁付袴は、野袴や軽衫に近い形といえますが、これらと違って背板があるのが大きな特徴といえます。裁付袴にはいくつかの種類があり、その中には、裾の紐がなく現在のズボンのような細い形になっている裁付袴もあります。

裁付袴の変遷とは

 江戸時代に入ると、裁付袴は、武士が旅に出る時に着用するようになりました。享保年間(1716~1736)の時代には、身軽なことから庶民の袴として労働着としても使用されるようになり、町民の間でも流行しました。文化・文政年間(1804~1830)の時代になると、一時廃れてしまい、特別な職業に就いている人以外では着用されなくなりましたが、幕末には、再び武士の服装として着用されるようになりました。裁付袴の「タッツケ」という呼び方は、山袴の名称としても使われるようになり、裾が脚絆状にはなっていない袴であってもタッツケの名前で呼ばれるものもあります。しかし、逆に、裾が脚絆状になっていても裁付袴ではなく別の名前で呼ばれている袴もあります。裁付袴は、「道中袴」、「山袴」、「黄門袴」、「庄屋袴」など地方によっていろいろな呼び方があります。現在に残っている姿としては、相撲の呼び出しの袴に見ることができます。裁付袴は、卒業式に女子学生がレンタルしてはく袴とは、姿形も全くの別物の袴といえます。

軽衫袴と卒業式用に貸衣装屋からレンタルする袴との違いとは

卒業式用のレンタル袴と軽衫袴(かるさんはかま)

 大学や短期大学などの卒業式で女子学生がレンタルして穿いている大正ロマンのような貸衣装屋のと同じ袴という文字が使われているものに、軽衫袴というものがあります。軽衫袴は、我が国が初めて外国との交易が行われるようになった時期に、来日したポルトガル人が着用していたピエロが穿くようなズボンを真似て袴にしたもので、袴の軽衫という呼び名もポルトガル語でのカルサオ(calsao)の当て字となっています。軽衫袴の造りは男袴である馬乗袴を細くしたような形となっていますが、襞は馬乗り袴ほど広くない形の袴となっています。

軽衫袴の誕生

 軽衫袴は、16世紀初頭の安土桃山時代に、貿易のために来日していたポルトガルの商人が穿いていたズボンがとても珍しいこともあり、この形を真似た南蛮衣装ともいえる袴が畿内を中心に大いに流行していました。当時の人は、これまで見たこともないその異型のデザインに大いに興味をいだいたようです。当時、この形のズボンが大流行したといっても、同じ洋装をそのまま真似て作られていたのではなく、伝統的な袴の形とズボンの形をアレンジした別の新しい服を作り、これが軽衫袴と呼ばれるものです。織田信長を始めとして名だたる武将たちは、戦の服装としてカルサン袴の機能性に着目しました。しかし、ポルトガルのカルサンをそのまま真似てしまって着るというのでなく、従来の袴と折衷したものを新たに軽衫袴として作り出したのです。

軽衫袴の普及

 当時、流行していた南蛮衣装は、原語が日本語化したもののが結構あります。CAPA(合羽)やJIBAO(襦袢)のほか、南蛮ズボンであるcalcaoもその一つです。その後、軽衫袴は変化を遂げて、袴の裾の狭いものから、裾にひだがなく裾幅の狭いももひきに近い袴のことを呼ぶようになりました。軽衫袴は綿布で作られており、手軽なことからも、都会から離れている東北の寒い地方まで広く日本国内に幅広く普及していきました。地方へ伝わっていく中で、軽衫袴の呼び方も、山袴、雪袴、猿袴、もんぺなど130くらいも地方独特の呼び名があったそうです。現在でも、阿波地方では「モンペ」のことを「カルサン」と呼んでいます。こうした軽衫袴は、卒業式に女子学生がレンタルして穿いている袴とは、同じ袴という字が使われていますが全くの別物です。

長袴と卒業式用に貸衣装屋からレンタルする袴との違いとは

卒業式用のレンタル袴と長袴(ながはかま)

 卒業式貸衣装屋からレンタルして借りて穿くに、同じ袴という字ながら、似ても似つかぬ袴として、長袴という袴があります。長袴は袴の裾の長さがとてつもなく長いものであり、足の先を包んでもなお余る長さで裾を引いて歩く袴のことです。長袴の長さは、足の長さよりも30cm以上も長いものなので、日常的な普段着として着用されていたものではありませんでした。長袴は、江戸時代まで素襖、直垂、大紋、長上下などの特に礼装を求められる際に着用したもので、まったく実用性にかけた形式的な袴として使われていました。このため、同じ袴という字が使われているものの、現在の卒業式で貸衣装屋からレンタルで借りる女学生の袴とは全く異なる袴といえます。

殿中での長袴のしきたり

 長袴は、武士社会における正装の袴です。城の中の殿中では、長袴を穿いて走ることは決して許されず、ましてや、殿中で刀を抜くことは切腹にあたる重罪とされていました。また、殿中では、謀反や刃傷沙汰を予防するために、かなり短い殿中差しと呼ばれる刀を差すこととなっていました。こうしたことは、殿中で長袴を穿くことによって歩きにくいものとしているのと同時に、相手に対して戦う意志のないことを表すものでもありました。しかし、この長袴のために、殿中では自分の袴のすそを踏んでつまづいたり、他人の袴を踏んで相手を転倒させたりという笑い話のような出来事が頻繁に起きていたそうです。また、長袴といえば、現在でも忠臣蔵の物語は有名で人気があり、浅野内匠頭が吉良上野介を討ち損じたのは、動きにくい長袴と短い殿中差しの刀のためだったといわれています。長袴姿の浅野に対して、吉良は狩衣という軽快な衣装を着用していたことから、避けやすかったといわれています。また、このほかに、史実ではありませんが、かつての時代劇ドラマでおなじみの、お白洲で長い袴を大きくさばいて、背中の桜吹雪を見せる遠山の金さんが穿いている袴もこの長袴です。

馬乗袴・襠高袴と卒業式用に貸衣装屋からレンタルする袴との違いとは

卒業式用のレンタル袴と馬乗袴(うまのりはかま)襠高袴(まちだかはかま)

 女学生が卒業式用として貸衣装屋から借りるに似た袴の一つとして、馬乗袴・襠高袴というものがあります。馬乗袴は、男袴の一種であり、襠と相引を高く仕立てたもので、ズボンのように足入れが2つに分かれている形となっている袴のことをいいます。馬乗袴は、既婚・未婚の別なく着用することが可能であり、また、慶弔などの環境に関わらず着用することができる便利な袴です。現在においても、この馬乗袴に紋付羽織と合わせると、男性の正装・礼装として通用するものとなっています。馬乗袴は、裾下から30cm程度がズボン状になっていることから、襠高袴と別名で呼ばれることもあります。馬乗袴は卒業式などで女性がレンタルして穿いている袴とは別の種類となります。

馬乗袴の変遷

 馬乗袴は、その名の通り馬に乗るために特に仕立てられた武士専用の袴です。別の行灯袴では、馬にまたがると収まりが悪く邪魔になってしかたがありません。しかし、馬乗袴であれば、襠が高く、股が深く割れているため、乗馬に最も適した袴になっています。馬乗袴は、寛永年間(1624~43年)の時期に、江戸に住む松葉屋理右衛門が仕立てものが始まりだと伝わっています。この袴は、後に乗馬の時以外にも着用するようになって、一つの袴の呼び名となりました。宝暦年間(1751~63年)のころには、緞子・紋織りなどで袷仕立ての馬乗袴が登場するなど贅沢なものも登場し、裕福な武士の間で好んで着用されました。しかし、一般的には馬乗袴には小倉木綿の茶縞など粗末な生地も使用されていました。馬乗袴から派生した袴としては、襠と相引をやや低くしたものを半馬乗袴と呼ばれていました。また、藩の十番町階級の武士たちが多く用いた馬乗袴で、襠幅を半幅にして仕立てたものは十番馬乗袴と呼ばれてました。このほか、馬乗袴には、十布遣い・八布遣いなどの馬乗袴の種類があります。馬乗袴は、江戸時代を経て明治以降になっても存続しており、男性の袴は、馬乗袴の形式を踏襲したもので受け継がれてきており、男子の正装として用いられることになり、現在でも続くものとなりました。

2010年04月29日

剣道用の袴と卒業式用に貸衣装屋からレンタルする袴との違いとは

卒業式用のレンタル袴と剣道用の袴(はかま)

 女子学生が卒業式貸衣装屋からレンタルして穿くと、剣道の袴は似ているような気がします。剣道の袴は、男袴として長いキュロットスカートのように股が割れているもので、馬乗袴といわれるように元々は乗馬のために考え出された形の袴です。この袴には通常、何度も洗えるように素材として綿の生地が使われており、袴の色は藍で染められています。剣道では帯を締めることはありませんが、居合や薙刀では袴下に帯を締めます。この剣道袴は、女子学生が卒業式で穿いているレンタルの袴とは違うスタイルとなっています。本来的に、剣道は古来から伝わる武道の一つであり、武士が剣を使った戦いを通じて、その理法を学ぶための道のことをいいます。剣道を学ぶということは、この剣の理法を学ぶことを意味ししており、剣道では、剣の理法の奥にある武士の魂を学ぶことが重要とされています。剣の操法を稽古を繰り返して学ぶことは、そのための一つの手段と見られています。こうしたことから、剣道は、単に剣捌きがうまいだけではだめで、人間形成の道といわれています。

カラフルな女性の剣道用の袴

 近年になってからは、剣道をしている女性も増えています。その姿は白の胴着に白の袴を穿いているのを多く見かけ、凛とした雰囲気を感じることができます。また、剣道の道場によっては練習の時に、ピンク×紺とか、水色×紺とか、白×黒の組み合わせでカラフルな女性の袴姿も見かけます。ただ、こうした色の袴は、剣道の正式な試合や昇段試験を受ける際には着ることはできません。剣道は段位や級によって袴の色は決められてないので、剣道を始めたばかりの人でも、好みの色の袴を穿くことが可能です。一般的に男の場合には、胴着は紺色で袴も紺色の組み合わせが普通です。

合気道用の袴の袴と卒業式用に貸衣装屋からレンタルする袴との違いとは

卒業式用のレンタル袴と合気道用の袴(はかま)

 卒業式用レンタルして穿く貸衣装に姿が似た袴に、武道の合気道の袴があります。合気道は足をかなり使うので、キュロットのように裾が分かれた馬乗袴となっています。この合気道の袴は男女ともに馬乗袴です。同じ武道の馬乗袴といっても合気道の袴と剣道の袴には少し違っています。この理由には、合気道の動きには、剣道と異なり、円の動きや座って行う技もあることから、こうした技をかける時に動きやすいように、剣道の袴よりも裾が狭い袴となっています。また、合気道では、袴の下に柔道着を着て帯を結ぶところが剣道とはまったく異なっている点だといえます。剣道の袴の下は下着なので、帯も結びません。さらには、この合気道用の袴は、女子学生が卒業式で穿くレンタルの袴とも別物です。卒業式用の貸衣装の袴は、馬乗袴と違って、スカートのようになった行灯袴となっています。

合気道用の袴と機能

 合気道では、男の有段者は黒帯を締め、袴を付けます。女性の場合は少し違っていて、三級から袴を穿きます。武道の中でも、剣道では始めたばかりでも袴を穿くことができますが、合気道は有段者でなければ袴を穿くことができません。合気道で袴を付けることにはそれなりの意味があります。袴を穿くと足の動きが見えにくくなり、袴には相手に足の動きを読み取られないようにする意味があります。また、合気道では、室内での戦いの座り技がありますが、袴には畳の上での移動をスムーズにさせる働きもあります。合気道の袴の造りとしては、袴の腰の台形の部分を腰板・袴腰と呼び、人の背筋を伸ばして、正しい姿勢を保つ役割があります。普通の袴では桐の板や厚紙が入っていますが、合気道の袴の袴腰・腰板では、かつては桐の木を使用していましたが、今では皮や厚紙をゴム板で挟んだ袴腰・腰板が使用されています。
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